教えてほしい下肢静脈瘤
私は今まで、産業論としてはデトロイトからトスカーナということをここ十数年言いつづけてきたが、都市論としてもイタリアに注目している。
日本人は勤勉だといわれるが、私は本来、日本人はいい加減なルーズな国民だと思っている。
明治以降、西洋に追いつけ、追い越せのスローガンのもとで殖産興業に励んできたために、ぴしっと勤勉なように見えるが、本来的にはアバウトな国民だったのだ。
イタリアは、その点、日本以上にアバウトであり、そうでありながら世界的なステータスを保っている。
ある日、コミュニティから老人がふと姿を消すと、「ああ、あの人は行きましたね」「そうですね、行かれたんですな」となるという。
いわゆる姥捨て山の制度であり、自分で山に入り、それでおしまいなのである。
一方、日本では、不治の病とわかっていても、生命の維持のために管をいっぱいつけてかスパゲッティみたいになってまだ生きている状態がある。
何もすることができず、しかもよくなる見込みはなくても管によって心臓が動き、生かされている。
この姥捨て山とスパゲッティ症候群との、二つの象徴的な事例を比べたとき、文化としてどちらがより高貴で上品な文化かを考えると、私はニュージーランドのほうがいいのではないかと思う。
それは、できたら自分もそのように生きたいと思う意味でもある。
これまで述べてきたさまざまなことを含め、今の日本が目指している生活スタイルは、決して正解なのではなく、一つの特殊解にすぎないと知るべきだと思う。
私がアメリカ政府の人間に「都市の寿命は何年だと思うか」と質問したところ、即座に「75年だ」という答えが返ってきた。
都市を形づくる通信システムやエネルギーシステムは、経験的にいって15年も経つと使えなくなってしまう。
それの3サイクル、すなわち75年で都市全体が変わらないと、その都市は、世の中の技術変化に対応しきれないというのである。
戦後50年を迎えたわけだが、日本はこの50年間に、誰が見ても明らかに、ものすごい勢いで変化を遂げてきた。
今後の日本、そして日本型の都市やライフスタイルを考えたとき、変化を生み出すポテンシャルはさらに大きくなっているといえる。
高度に発達した多くのシステムは、パイピングのシステムやエネルギーのシステム、また通信のシステムであれ、だいたい15年で競争力を失ってしまう。
したがって、これらのシステムには常に変革が必要であり、それを含んだ都市そのものも、およそ75年をめどに変えていかなければならないのである。
今、都市をめぐる問題は複雑な様相を呈している。
来るべき二十一世紀は都市の世紀であるといわれ、都市人口が、先進国はもとより開発途上国においても全人口の過半数を超え、グローバルな都市化が進展すると予測されている。
量的には確かにそうかもしれないが、質的な面に目を向けると、グローバルな問題として一様に都市を論ずることなどできないことに気づく。
もっとも、世界的な社会潮流となっている高齢化、環境に対する配慮、国際化、情報化など共通の問題意識は存在する。
これらの社会潮流をふまえながら、都市の持つべき機能とは何か、公共と民間の役割、都市災害防止、都市インフラ技術、都市経営の考え方、都市間協力といったテーマのもとに、都市をめぐるグローバルな取り組みの舞台が設定できるだろう。
だが、個々の都市の実態は千差万別で、まるで個性の異なった「人間」を相手にしているかのような趣がある。
開発途上国の都市では、人口爆発による都市への人口流入の結果、無秩序に膨張する都市をどう建設していくかが大問題になっている。
その一方で、先進諸国では、人口の減少と高齢化時代に向けて、経済的安定を維持しながら、安心して生活のできる都市を再構築することが大きな課題となっている。
都市は、ある国家、ある社会、ある地域といったきわめて限定的な範囲を持つローカルな課題でもあり、あたかも医師にかかる患者のように、症状、体質、病歴などが異なっているため、それぞれの都市が、的確な診断と療法を試みるしかないと思われる。
この小論では、「情報社会」と「都市」との関係を展望することを中心的なテーマに据えてみたが、「情報社会」も「都市」もそれ自体一筋縄ではいかない、広がりと未知の領域を含む大テーマである。
いうまでもなく、社会の急速なグローバル化をもたらした最大の要因は情報化であろう。
情報化は、電話回線や電波、新聞・雑誌などさまざまなメディアを通じて社会の隅々にまで達する非常に高い浸透圧を持っている。
さらに、コンピュータを介して、高度な電子ネットワークを容易に形成している。
ここでは電子ネットワークをはじめとするさまざまなメディアによって支えられた、リアルタイムの情報流通・コミュニケーション活動が展開される経済社会の様相を「情報社会」であると考えている。
情報、人、モノ・サービスは世界を駆けめぐり、ボーダレス社会の中で、都市は、ある意味で「不動点」となっている。
しかし、「不動点」としての都市では、煩わしさと不自由さが大きくなってきている。
沈静化しつつあるが依然として高い地価と住宅価格、遠距離・混雑をともなう通勤や慢性化した交通渋滞など集中によるデメリット。
しかも、このたびの阪神大震災に象徴されるように、非常に大きな災害時などには、都市の集中のメリットの代償はきわめて大きなものにならざるをえない。
やはり、都市にも何らかの「最適規模」が存在するのではないだろうか。
「二十一世紀は都市の時代」というフレーズは、日本社会にとってどのような意味を持つのだろうか。
二百でいえば、社会の成熟化にともなった「真に豊かな都市」の構築の時代であるということができる。
そして、「真に豊かな都市」とは、「膨張する都市」に対応した「成熟する都市」であり、今後の日本の都市づくりは、「成熟する都市」の文脈で語られなくてはならない。
それは、「ポスト都市建設」の都市づくりでもあるが、では、その「ポスト都市建設」における「都市」とはどのようなものなのか。
「土地の上に建てられた都市」と「場所としての都市」K大学経済学部教授のM氏は「都市の思想」という論文の中で、二十世紀の都市をめぐる思想を術轍し、RとJを中心に論じながら、ポスト都市建設」時代における都市のあり方についてヒントを提示している。
Rは機能主義的な理念に基づき「輝ける都市」で都市のモデルを提示したが、これは「土地の上に建てられた都市」と呼ぶべきものである。
一方、Jは、都市に生活する人間の立場から「場所としての都市」を提起した。
アメリカの著名な歴史学者Dは、「古代ギリシャのポリスとは、領土を意味するのではなく、そこに住む人々の全体を指していた。
ポリスは自律的、自己充足的なコミュニティとして、大き過ぎず小さ過ぎぬ存在であった。
ポリスは自律性、独立性、全人格的な人開発達の可能性の機会を与えるものであった。
」としている。
古代ギリシャ最大のポリスであるアテネの人口も25万人を超えなかったといわれるが、これはまさに「場所としての都市」ではなかったか。
この二つの都市のあり方は、工学的、建築学的な都市と、人間的で、生活に根ざした都市のあり方として対置される。
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